2026年7月19日に『ファイナルファンタジー(以下FF)IV』は発売から35周年、『FFX』は25周年を迎えます!
10年の時を隔てて同じ日に生まれた両タイトルについて、それぞれの開発に携わった時田貴司氏、北瀬佳範氏に当時のお話をお伺いしました。開発チーム内のお話だけでなく、外側から見た開発チームのお話など裏側にも迫るインタビューをお楽しみください!
『ファイナルファンタジーIV』の開発が始まった頃について
本日は、10年の差はありますが同じ7月19日に発売となった『FFIV』、『FFX』開発当時のお話をお伺いさせていただこうと思います。今回初めて公開される資料もありますのでその辺りも絡めつつ、お話しできたらと思っています。
まずは『FFIV』について、開発はいつごろから始まったのでしょうか?
時田:『FFIII』の開発が終わってからだったと思います。『FFIII』の発売が1990年4月ってことはそれより前ですね。確か『FFIII』を作っていた頃、僕は『魔界塔士サ・ガ』を作っていて、『サ・ガ』が発売された後は『FFIII』のデバッグに入ったので。
北瀬:私は1990年の3月にスクウェアに入社したのですが、『FFIII』が発売されるから、お店を回って売り上げ状況をリサーチするように言われましたね。テレホンカードを持たされてショップの定員さんにヒアリングした後でお礼の品として渡すという(笑)。
時田:そんなことやってたんだ(笑)。
北瀬:それが1990年の4月で、その頃には『FFIV』はすでに開発が始まっていたのは覚えています。
時田:僕は初期から『FFIV』に関わってて、それまでグラフィック担当だったのがプランナーになり正社員になったタイミングですね。
時田さんのほうが少し先輩なんですね。
時田:正社員という意味ではそうだけど、アルバイトで入ったのが1986年、石井(浩一)さんの次で河津(秋敏)さんの前くらい。
北瀬:石井さんの次で河津さんの前、じゃあ河津さんの先輩ってことですか(笑)。
時田:そうそう、それで最初の仕事はディスクシステムの『とびだせ大作戦』のデバッグだった。
『ファイナルファンタジーIV』開発の転換点
お二人の入社当時のお話しが盛り上がったところで『FFIV』の始まりのお話を(笑)。
時田:89年内には開発が始まってたと思うんですが、当時としては開発期間が長かった。最初はFC(ファミリーコンピューター)向けに企画スタートしたんだけど、紆余曲折あってSFC(スーパーファミコン)で作ることになったのかな。
北瀬:私が入った時にはもうSFCで作ってましたね。
私が話すのも変な感じなんですが、当時、玩具問屋・卸売業者さんが開催していた展示会(後のファミコンスペースワールド)があって、SFCの「Mode 7」っていう背景を拡大、縮小したり回転したりできる機能を使った派手なデモがたくさん展示されていたんですね。坂口さんがそれを見てやっぱり「Mode 7」だ!となって…。
時田;そうだったそうだった。
北瀬:それで『FFIV』のオープニングの飛空艇が飛んでいくシーンがあの形になった、というのを横で見ていました。これは自分が入社した後の出来事ですね。
なるほど、ゲーム機の切り替わりで出てきた新しい技術が生かされていたんですね。
『FFIV』の発売が1991年の7月ということを考えると、実際の開発期間は1年半~2年くらいという感じですか?
時田:いや、当時はロムを作るのにそこそこ時間がかかったので、91年の3月から4月くらいには開発が終わってたと思う。最初のFCで検討してた時間も考えると、今の形の『FFIV』の開発は正味1年はかけてないくらいになるのかな。
北瀬:1年くらいで作っていた気がしますね。
時田:実際のところあんまり覚えてない(笑)。
特に初期の頃はアイデアをいろいろと出しつつ、FCで作るかって言われてた時期があったり…。
北瀬:夜中ずっとギター弾いてましたよね(笑)。
時田:ギター弾いて歌ってた(笑)。
どういうことですか(笑)
『ファイナルファンタジーIV』当時の開発環境について
でもFCからSFCでって切り替わったのは、やはり新しい技術にチャレンジしたいということだったんですかね?
時田:そういうところもあると思うけど、単純にFCは色数やロムのメモリも制限が厳しくて、SFCになって色数も増えたしメモリもたくさん使えると思ったらめっちゃ嬉しかった。
ところが『FFIV』が8メガビットだっけ、大きくなったといっても色数を16色フルで使っちゃうとあっという間にメモリを圧迫しちゃう。ほとんどのグラフィックは半分の8色を使うことで3分の2のメモリになるという前提で作ってた。
できると思ったところが、そう簡単にはいかなかったんですね…。
時田:グラフィック担当の一人が自分の描くところは16色使いたいって坂口さんに直談判して、飛空艇やラストダンジョン、ゼロムスなんかは16色になったんだよね。まあでもメリハリがついてよかったよね、結果的に。
とにかくSFCになって喜んだものの、思ったよりデータは入らなかった。色数もそうだけどシナリオも、坂口さんが書いたプロットからみんなでアイデアを膨らませて、ゲーム内テキストを最後まで作ってみたら4分の1にしないと入らない、みたいな状況だった(笑)。
北瀬さんも『FFV』から関わられて、シナリオとかのデータを見られていたと思うのですが、同じような苦労があったのでしょうか?
北瀬:どうだろう、自分の印象としては『FFV』の時は、少なくともシナリオに関してはそこまで容量を気にしていなかったと思います。
時田:だって単純に『FFIV』の倍の容量になってたからね。色とかはもう圧縮しないで、16色フルカラーでやってた?
北瀬:さすがに完全には覚えてないですね(笑)。
色は圧縮していたとは思うけど、メモリ管理は大変そうではありました。時田さんはデザイナーだからそういうグラフィックの部分が詳しくて、自分はプランナーだったのでその辺はあまり詳しくないけど、企画のデータは扱っていました。
今は自分が作ったデータをどこに配置するみたいなことは自動でやってくれるので、サイズだけ気にしていればいいんだけど、当時は自分がデータを配置する領域が何番地から何番地までみたいにアドレスを割り振られていて、そこに配置していかないとダメだった。
時田:あー、ロムのマップね。まさにアドレスだった、陣取りみたいな。
北瀬:アドレスを定義して、何番地から何番地までがイベントのデータ、ここからここまでが何々をするデータ、みたいな。でも油断しているとその領域からデータがはみ出てしまう。はみ出てもエラーが出たり警告が出たりしないので、気づかないまま他の人のデータを壊してしまったりすることがあって、それは大変でしたね。
時田:誰だよ、データオーバーしてんの!って(笑)。
北瀬:手動でそれを管理するのが大変で、自分が入れたデータのはみ出た部分がなくなっていたり、他の人のデータをつぶしちゃったり。なぜかバグっちゃうところが出てきたときに、なんでバグるんだろうと思ったら実ははみ出てた、みたいなところを手動管理するのは苦しんでいました。
その辺りの苦労は『FFVI』までは同じ感じでした?
北瀬:『FFVI』までだったかなー…。
時田:でもPS(プレイステーション)の初期もそうだけど、スクリプトとかで作るとトライアンドエラーの繰り返しだったじゃない。アンリアル・エンジンみたいに、すぐ実機で試せなかったから。
北瀬:当時だと、PC98とかのパソコン上で、テキストエディタ―にテキストを打って、それをコンバートかけたものをスーファミの基盤に出して実機チェックするんだけど、初期はとても繊細な機械だったので、ちょっとしたノイズで挙動が変わっちゃったりした。
時田:そうそう、『FFIV』でセシルがリディアを守って戦う宿屋のシーンがあるんだけど、リディアがセシルのベッドに飛び込んで来たりして。わざとやってると思われてしまって、またまた~、みたいに言われちゃう(笑)。
何回やっても正しい挙動にならない、みたいなことはありましたね。
北瀬:どうやってもどうにもならない時は、諦めてしばらく放っておく。そうするとある時ちゃんと動くようになったりする。プログラム側の問題だけでは解決しないこともあった(笑)。
時田:北瀬さんは『FFVII』とか『FFX』も新しいハードに切り替わるタイトルをやってたわけじゃないですか。その頃はやはりバグは多かった?
北瀬:バグは多かったですけど、『FFVII』の頃からC言語とか高級な言語で開発するようになったので、自分はプログラマーじゃないのでそこまで詳しくはないですが、以前より開発の環境は良くなったと思います。
FC、SFC時代はデータを作るのも、簡単にははまっていかなかった感じだったんですね。
北瀬:自分が『FFV』の開発に入った時に、イベントの動きで、キャラクターが右に向いて前に進む、みたいなのを指示しなくてはいけないとなった時に、その指示が全部、番号だった。00だと前に向いて、01だと右に向く、50だと前に進むみたいなイメージ。だからイベント中の動きを指示するのに番号の羅列をずっと書いていくわけです。
それで書いたものをコンバートしてコンパイルして実機に出すと動くわけだけど、やっぱり直感的に00とか01と動きは結びつかないじゃないですか、覚えてないとわからなくなってくる。
だから後々の開発になるとそれをちゃんとわかるように、意味のある名前を付けて、「up」とか「right」、「left」みたいに、そういう改善は進んでいきましたね。自分がやり始めた『FFV』もその前の『FFIV』もきっとそうでしたよね。
時田:『半熟英雄』の時はそこで漢字を導入させてもらった。右、上、みたいな。
カスタマイズできるものなんですね。
時田:プログラマーが書式のコンバーターを作ってくれて、テキストを数字に変えられるもの。内部的には変わらず、00とか01で動いてるんだけど、入力時にはわかりやすい言葉で対応できるようなツールを作ってくれた。
当時、RPGの量産性が高かったのは、こういう独自のツールとかスクリプトを作ってたからだと思う。動かしやすい、開発しやすい環境をちゃんと作ってたって事ですね。
『ファイナルファンタジーIV』開発チームと他タイトル開発チームとの関係について
なるほど、『FFIV』開発当時のお話、色々と興味深いところですが、逆にその頃の北瀬さんは何をされていた感じだったのでしょうか?
北瀬:1990年頃というと、GB(ゲームボーイ)『聖剣伝説 -ファイナルファンタジー外伝-』に関わっていました。
石井さんがディレクターで渋谷(員子)さんがグラフィックのリーダーで、元々スクウェアにいたお二人以外は自分含めて新人ばかりのチームでしたね。
時田:割と新人チームというか、ほぼ全部新人っていうイメージだった。
北瀬:6人のチームでフロアの片隅にブースを構えてて…。
時田:隣が『FFIV』チームと『サ・ガ』チーム。
北瀬:『聖剣』は新人ばかりだったのでいろいろ苦労は多かったのですが、隣の『FFIV』チームを見て、やっぱりエリートチームだなー、すごいなー、みたいなことを思っていましたね。
当時は開発機材にMac(Macintosh)を使っていたのですが、『FFIV』チームはカラーのMacにどんどんバージョンアップされていくわけ。憧れのマシンではあるのだけど、『聖剣』チームは白黒の一体型のMacSEで作ってた。
やっぱり『FF』は最新の環境で作るんだなーと思っていました(笑)。
GBでの開発も大変だったんですかね、やはり。
北瀬:初めてでしたからね、自分たち新人にとっては。
石井さんや渋谷さんにとっても初ディレクションみたいなところもあって、初物尽くしで大変でした。ただ、メインプログラマーの方が非常に優秀な人だったので、その人がゲーム作りの部分で引っ張っていってくれた感じでした。
『聖剣伝説』を経て、北瀬さんは『FFV』の開発チームに入っていくわけですね。
北瀬:そうですね。ただ『FFV』に行く前に『ロマンシング サ・ガ』を経由してます。
時田:そうだったね。
北瀬:『ロマサガ』のマップを担当してました。
その頃の時田さんと北瀬さんはどんな関係性だったんですか?
北瀬:時田さんと自分は同世代なこともあって、結構、気にかけてくれてましたよね。当時、リフレッシュルームっていう休憩室があって、よく一緒に『ドクターマリオ』やってました。さっきギター弾いてたっていう話をしましたが同じところで。
時田:夜まで仕事を頑張ったら「ドクターマリオ」やっていいみたいなローカルルールがあったよね。当時は泊りになっちゃう人も結構いたから、夜中が近づくと「ドクターマリオ」大会が始まる、みたいな(笑)。
別チームではありつつ、そういった交流はあったんですね。
時田:当時は開発の人数も、全部合わせても40人ぐらいだったからみんな顔を知ってたし、自然と交流はしてたよね。
その次の世代で、野村哲也とかが入ってきたタイミングで人が増えて、グラフィックに関わる人が一気に多くなった。ちょうど『FFIV』の最後のところで入ってきて、みんなでデバッグしてた。最初にテツ(野村哲也さん)と話したのは、デバッグしてた時に「どう?」って聞いたら「面白いですねー」って素直な感想をくれたことだったと思う(笑)。
北瀬さんは野村さんとのファーストコンタクト覚えていますか?
北瀬:あんまり覚えてない(笑)。『FFV』やってた時に、その仕事の流れの中で関わったんだと思う。
最初かどうかは覚えてないんだけど『FFV』の時に、彼はシナリオに口を出してくるんですよ。当時は坂口さんがシナリオを書いていたのですが、それをゲーム実装用に行間を埋めて実装するのが自分たちの仕事だった。そこにやってきて「こういう感じがいいと思うんですよねー」みたいに自分のやりたいことをささやき戦術でねじ込んで来ようとするのが最初の印象(笑)。
『FFV』のエンディングもそんな感じで、元々考えにあったものに対してささやいた結果、今の形のものを僕が考えることになった。
北瀬さんは『FFV』のそうしたシナリオに関わられる前は『聖剣伝説』でもシナリオに関わられていた?
北瀬:基本的には石井さんが最初に基本のストーリーを書いて、それをゲームに実装するために広げていく部分を担当してました。
お二人もそうですが、人に歴史ありという感じのエピソードですね(笑)。
『ファイナルファンタジーIV』発売時期の出来事
そうして1991年7月19日にSFC最初の「FF」として『FFIV』が発売されたわけですが、反応や感想を見て時田さんはどう思われましたか?
時田:FC時代は「ドラゴンクエスト」が先に出ていたし追いかけてる印象だったけど、SFCでは「FF」の方が先に出ることになって、プレッシャーもあったけど今が勝負だみたいな雰囲気はあったよね。ナンバーも4で並んだわけだし。
北瀬:そういえば、こんな話なかったですっけ、「4」を欠番にして「5」を作る、みたいな。
時田:あったね、当時の社長が「ドラゴンクエスト」を超えるために「4」をとばして「5」にするんや!って。発明といえば発明だよね、この発想は(笑)。
北瀬:今思うとさすがの発想だな、と思うところもある(笑)。
時田:ゲームその物もそうだけど、プロモーションの仕方も変わってきて、キャラクターを立てたりするようになったり、『FF2』もそうではあったけど。
『ファイナルファンタジーX』開発当時について
では続いて25周年を迎えた『FFX』についてお伺いしていきます。
北瀬:こっちの方が何も出てこない気がする。
時田:昔のことのほうが良く覚えてる(笑)。
北瀬:そういう脳の構造になっちゃってる(笑)。
時田:『FFX』は何年発売なんだっけ?
北瀬:2001年ですね。
時田:あ、そうだ、『バウンサー』が2000年で…。
北瀬:『バウンサー』で思い出すんですか(笑)。
『FFX』はPS2で最初の「FF」としてリリースされたわけですが、開発はいつ頃始まったのでしょうか?
北瀬:正確には覚えてないけど『FFVIII』が終わった直後から始まったと思う。99年にはもう始まってたのかな、さすがに1年では作れないから。
時田:PS2は大変だったよね。
『FFX』は最初からPS2に向けて開発が始まったんですか?
北瀬:そうですね。で、開発が始まったのは99年だったんだけど、2000年に、『SQUARE MILLENNIUM』があったじゃないですか。
時田:あったね。
北瀬:当時『FFIX』、『FFX』、『FFXI』の3作品がこうなるっていうのを大々的に発表したイベントがあった。
時田:PlayOnlineとかね。
北瀬:その中に『FFX』はあって、その時にはPS2の実機で動くものを出してた。
そうだったんですね。『FFX』は和テイストが入っていたり、PS世代の「FF」とは少し違った雰囲気があったと思います。この辺りはどなたの発案だったんでしょうか?
北瀬:最初は野島(一成)さんが、『FFVII』、『FFVIII』は少しSFテイストで続いていたから、『FFX』はファンタジー寄りで、でも中世ヨーロッパ風のものではなく、少しオリエンタルな世界観にしたいといったのが始まりですね。
開発当時、僕も7、8とSF寄りで作ってきてはいたけど、『FFX』が発売される頃にはハリウッド映画では何が流行るんだろうな、と思った時に『ロード・オブ・ザ・リング』が製作中という情報を知りました。
ということは世の中的にはファンタジーの流行が来るのかな、みたいに思ったりはしてた。それもあってSFよりはファンタジーと考えたところはあったと思う。
時田:なるほど、(ジェームズ・)キャメロンが『エイリアン2』でSF的な表現を発展させて、その技術を使う、みたいな感じか。
北瀬:そう、その流れからファンタジーに戻ってくるのかな、みたいに考えたところはありましたね。
時田:あと水表現に挑戦するっていうのがあったよね。やっぱりCGとかマシンの性能が上がったからこそ、流体表現ができたところはあったと思う。
北瀬:そうですね。そんな簡単なもんじゃなかったですけどね、実際には(笑)。
陸上と水中でのバトル、両方やりたいっていう話でやってはみたんだけど、動きが違うからそれぞれでモーションを持たないといけなくて、限定されたロケーションでしかやれなかった。
時田:その分、ブリッツボールで頑張った。
『ファイナルファンタジーX』開発チームについて
北瀬:そもそもなんだけど『FFX』はチームの立ち上げが大変だった。『FFVII』、『FFVIII』と野村哲也とやってきたわけだけど、彼は『キングダム ハーツ(以下KH)』をやることになって、『FFX』にももちろんキャラクターデザインでは関わっていたけど、メインは『KH』になり、そっちにもスタッフが分かれることになった。
チームが分かれてしまったんですね。
北瀬:だから3DCGのモーションスタッフとか、背景のスタッフとか、キャラモデルのスタッフとか、主要な3Dのリーダー陣を集めるところから始めることになった。
新しく『FFX』から合流された方も結構いらっしゃったんですか?
北瀬:そうね、そういう人もいたけど、元々一緒にやってた人を引き上げしてって感じで、主要なところを担当してもらうようになったり、という感じでしたね。ベテランとしては直良(祐介)君とかは残っていた。
PS2という新しいハードでの挑戦に新たなチームで挑むことになった、という時期だったんですね。
時田さんはその頃はどんな感じでしたか?
時田:その頃は「FF」が3作並行で走ってたりして、スクウェアが「FF」シフトみたいになってた時期だった。
それに対して自分と河津さんは入ってなくて、河津さんはワンダースワン向けに作ってたり、自分は『チョコボレーシング』が終わった後に、ドリームファクトリーがPS2で『バウンサー』を作ってたところに手伝いに入って、『FFX』よりも少し先にリリースされた。
奇しくも、野村哲也は『バウンサー』でも絵を描いてたし、直良君も初期は一緒にやってた。
その後、紆余曲折あって色々立ち上げたけどうまくいかなくて、もう「半熟英雄」しかない!ということで『半熟英雄 対 3D』をやり始めた(笑)。
『FFX』の開発などが進んでいた時期は目黒のオフィスにいらっしゃったと思うのですが、その頃はフロアなんかも別々になっていましたか?
時田:別になってた気がするなぁ。
北瀬:そうですね、『FFX』のチームは一つのフロアをほぼほぼ占有してたし、別だったんじゃないかと思います。
時田:結構チームごとの動きになってて、一緒にご飯食べに行くみたいな動きは少なくなってた。リフレッシュルームで顔合わせる、みたいな感じ?
北瀬:(目黒に)リフレッシュルームってありましたっけ?
時田:あったよ、あの、ビールと魚肉ソーセージ売ってて(笑)。
当時まだ24時間お酒が売っているところがなかったんで、そこで買って帰る人とかがいたんだよね。
『ファイナルファンタジーX』開発の転換点
先ほどハードの変わり目はバグが多く出る、っていうような話もありましたが、PS2最初の「FF」になる『FFX』もデバッグは大変だったんでしょうか?
北瀬:デバッグはあんまり覚えてないけど、そこまで大変だった記憶はないかな。ただ、それとは違うんだけど『FFX』も『FFIV』であったみたいな転換点の判断が求められる、っていう状況はありましたね。
開発当時の新機能の状況として、解像度、走査線の数は旧世代のままなんだけど色数がたくさん出せるというものか、解像度はあがって鮮明に見えるんだけど色数が半分しか使えないもののどちらかを選ばなくてはいけなかった。当初は、色数があったほうが今回の世界観はきれいに見えるから、解像度そのまま色数が多い方で進めてたんだけど、開発中に他社さんから高解像度のものが出てきてこのままじゃダメじゃないかという話が出てきた。
時田:そういえばそうだったね、ここから方針転換できるの?っていうところで。
北瀬:そうなんです。当時、描画系のプログラミングを担当してたスタッフに、これ今から変えたらどうなる?って聞いたら、何とかなりそうっていうことで方針転換することになりました。
時田:データはそれに合わせて調整しなおさなかった?
北瀬:データも多分、それに合わせて調整しなおしたと思います。
時田:テクスチャとか見え方とか変わってきちゃうもんね。
北瀬:次世代機の難しさっていうのは、高解像度になったりとか次世代機ならではのスペックをどう活かすか、活かさないかみたいな判断はしなきゃいけなくなるっていうところにあると思いました。他のメーカーさんもどんどん出してくるとなおさら悩む(笑)。
先ほどの『FFIV』であった「Mode 7」の判断と同じ感じですね。
北瀬:そうそう、まさにその判断と同じ感じ。やっぱり次世代機で新しくバージョンアップされた機能は使うべきなんだろうと思います。その結果といえるかわからないけど、『FFX』はHDリマスターはされて、元の雰囲気を残したまま今も遊んでもらえているところは非常に嬉しいですね。
時田:当時、『FFX』の画面見たときに、もうこれ以上はいらないんじゃないかみたいには思ったよ。その後、ハードも進化はしていくけど3Dのこれで十分みたいなところを見出しちゃったように思った。
北瀬:ボイスが入ったっていうところもあるかもしれないですね。ボイスが入ったことで、今に続くものの要素は『FFX』で揃ったのかなという気がします。
当時はボイスを入れると言ったはいいけど、やり方が全く分からなかった。今だと収録の対応をお願いできる会社さんに相談して、スタジオや声優さんをアレンジしてもらったりできるけど、昔はそんなことわからないから、会社の応接室に声優さんをたくさん呼んでオーディションみたいなことをやったりとか手作り感がすごかった。
目黒のオフィスにはスタジオみたいなものがあったイメージがあります。
時田:サウンドチームのスタジオはあったけど、あくまで社内の人が使うためのものだったと思う。
北瀬:オーディションは応接室でやってたと思う、会議室で(笑)。収録はさすがに外部のスタジオでやってたけど、声優さんのスケジュール調整も大変な中、今は一人ひとり収録して合わせるみたいにやったりしているけど、当時はその場の掛け合いじゃないと雰囲気がつかめないから、3人で話すシーンなら3人その場に集めて収録したりしてましたね。
当時『FFX』の主要なキャラクターをご担当された中には、フレッシュな方も多くいらっしゃったと思います。
北瀬:そうね、でもティーダやユウナを演じたお二人は、『FFVIII』の時にモーションアクターを担当してもらってたこともあって、この二人ならいけるかなと思ってたところはあります。
時田:なじみのある人にやってもらいたかったんだね。(リュックのボイスを担当した)松本さんも今はいろんなところに出る大女優さんになっちゃったよね。
北瀬:松本さんはオーディションから決まった人だったけど、でも最初の印象から違ってたの、なんかオーラが。当時はまだ高校生だったけど。
時田氏、北瀬氏、それぞれにとっての「ファイナルファンタジー」とは
『FFIV』、『FFX』それぞれのお話しをお伺いしましたが、どちらもタイトルも新しいハードに向けて、新しい世代を切り開いたタイトルだと思いました。
それぞれのタイトルのどういったところが「ファイナルファンタジー」だと思いますか?
時田:自分は『FFI』からドット絵で参加して、『FFIII』も手伝ったりと、ずっと見てきていた身としては、毎回違うことをやっているというインパクトはあった。『FFIV』でも違うことをやろうと思ったし、でも1、2、3のいいところは取り入れようみたいなところはすごく意識してた。だから四天王が出てきたり、ドラマで引っ張っていくところは『FFII』、キャラクターに乗せたジョブのイメージは『FFIII』からみたいな感じで、集大成を作ろうみたいに考えてたところはあったと思う。なおかつ新しいハードで作ったこともあって、インパクトを与えられる作品になったんじゃないか、というところですかね。
北瀬:どちらのタイトルもハードの切り替わりのタイトルだったじゃないですか。『FFIV』だったら「Mode 7」のお話があったけど、それまでのノウハウがない状態で新しい機能をどう使うか、それがその後のゲームシーンにも影響を与えていく。『FFX』ももちろんそうで、PS2っていう新しいハードで、新しい機能、解像度をどう使うかとかボイスアクターを入れて声をどうするかみたいな。
「ファイナルファンタジー」っていうタイトルだと、後の「FF」だったり、もしかしたらゲーム全体に影響を与える、新しいフォーマットになるようなものを発明していかなきゃみたいな使命を背負っている、そういうものだと思います。
『FFIV』、『FFX』どちらも楽しんでいただけたらと思います!
本日はお時間いただきありがとうございました!
両タイトルに関わった人たちによる秘蔵の開発資料を公開!
『FFIV』当時、新入社員だった野村哲也氏が描いた攻略本用の装備品イラストラフ


『FFIV』GBA版当時に野村氏が描いたセシルデフォルメイメージ

『FFX』のオープニング絵コンテ。手がけていたのは『FFIV』3Dリメイク版でアートディレクターを務めたオグロアキラ氏。


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